7人の発毛感動ストーリー(広瀬光治さんの発毛体験談)
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広瀬 光治(ひろせみつはる)さんの発毛感動ストーリー
3~4ヶ月で毛髪に変化が!

ストレスなどで、目に見えて抜け毛の量が増えていました。
ニット界の貴公子として、優しい笑顔で人気の
広瀬光治(ひろせ・みつはる)さん。
実は広瀬さんには、テレビや講演で見せる笑顔の裏にかくされた長年の悩みがあったのです。
それは、人気が出はじめた2000年頃のこと。
少しずつ抜け毛の量が気になり始めたそうですが、それでも初めは「年齢のせいだろう」というくらいにしか考えていなかったそうです。
ところが頭髪の状態は、広瀬さんが考えていたよりも、ずっと深刻なものだったのです。
排水溝にたまるようになってきたのです」
そうこうしている間も、テレビのレギュラー番組や新聞・雑誌の連載が入り、人前に出る機会が日に日に増えていったのです。
「それが大きなストレスになっていたようです。人前で話すのも、かなり気を遣いました。
でもそれ以上にこたえたのは、歌手でもない私がCDを出すことになったとき。
しかも作詞はあの、大物作詞家の阿久悠先生ですよ。
プレッシャーを感じないわけが、ないじゃないですか」
当時、『編み物専科』と題した新聞連載の中で、
阿久氏が作詞された『北の宿から』について
「編み物について取り上げてくれた歌ではありますが、この歌のおかげで編み物のイメージが暗くなってしまったので、もっと明るい気持ちになれるような歌を書いてほしい……。」と、
軽い気持ちで、同じ新聞で連載をされていた阿久氏にメッセージを送ったそうです。
その後、しばらくして阿久氏ご本人から「ならば僕が、編み物が楽しくなるような歌を真剣に作りましょう!」とお返事をもらえ、そこから話はとんとん拍子に進み、その曲をなんと!
広瀬さんご自身が歌うことになったのです。
それが、『毛糸玉の歌』という曲です。
ただ、CDを出す嬉しさよりも「大変なことになったぞ」というのが本音だったようです。
ニット教室の生徒さんからも「宴会で歌うのとはワケが違うんだから、やめたほうがいいんじゃないですか、とも言われた(笑)」そうです。
しかも、さすがに大家の先生の作曲だけあって、メロディの完成度が高くて
「素人の私には、歌いこなせないのでは?」と感じたということです。
思いきって「発毛」にチャレンジしよう!と即決しました!
そこで、レコーディング前にはボイストレーニングをたっぷりこなし、心の準備も万全にこなした・・・つもりでした。
ところが現実には、レッスン中の「禁酒」が大きなストレスになっていたのです。
「お酒好きの私には、苦しいばかりの日々でした。しかも、ふつうは1年ぐらいかけて行うレッスンを、わずか3週間で完成させるというハードなプログラムでしたからね。プレッシャーを感じないほうが、おかしいでしょう」
カラオケなら、大好きな広瀬さん。
でも、それはやっぱり趣味でのお話。
「そこの音が1度違います」と言われても、その1度が何をさすのかもわからず、どうやら、そんな状況が心身だけでなく、頭髪にも大きな負担だったようです。
ストレスが脱毛の大きな原因となっていたのです。
「編み物は歌と同じくらい、いやそれ以上に細かい作業です。
でも、自分のペースで楽しみながらできるから、私にとっては最もリラックスできる時間なんですね。」と広瀬さん。
一方、人前やテレビで話したり、歌を歌うなどは、本業の編み物とはまったく別で、緊張の連続。何ともつらいことに、人前で話すたび、そして歌うたびに、当時の広瀬さんの抜け毛はひどくなるばかり。そしてある日、ついに、頭頂部の髪の予想以上の薄さに気づき、ガクゼンとしたのでした。
「当時はテレビのレギュラーも増え、出張も多くて、多忙を極めていました。出張では移動の疲れもたまるし、生活も不規則になりますよね。すると自然に飲酒量も増えちゃって(笑)」
しかも、お酒の味がわからなくなるのがイヤで、つい塩辛などカライものばかりをおつまみにして、いつも主食はとらずじまい。
このような食生活が、健康だけではなく頭髪にもよくないことを、後日、発毛専門リーブ21の指導で知ったということです。
当時の抜け毛のひどさや薄毛の状態は、教室の生徒さんたちにも気づかれていたそうで、
「『先生、ちょっと髪が薄くなったんじゃない?』と言われたときは、ショックでしたねえ。
あらためて頭頂部を鏡で見たら、頭皮が透けて見えるじゃありませんか!
テレビでは上から撮影されることもないですし、メイクさんが上手にセットしてくださっていたので隠せていたんですが、生でファンの皆さんと接するサイン会のときは、反対に見下ろされることも多くて、いつもみなさんの目線が気になって、仕方がありませんでした」
そこで広瀬さんは考えたのです。
「自分の頭髪の未来を…
そして発毛について、一度、真剣に考えてみようと!!」
「わたし個人としては、別に髪が薄くなっても構わなかったのですが、編み物の素晴らしさを伝える代表的な立場を考えると、素敵なニットを着ながら頭髪の薄い自分の姿なんて、許せなかったんです!」
発毛専門リーブ21の名前はTVコマーシャルを通して知っていたうえ、自宅から通いやすい場所に店舗もあったことから「発毛実感コース」を予約~体験し、そこで即、入会を決断!
「リーブ21に入会してから、私の発毛への挑戦として、まずは週一度の施術時間を確保することから始めました。たとえば教室の後。
ただ、日々の積み重ねがポイントのホームケアは、国内外の出張が多い私には、なかなか実行できなかったですね。ただ、発毛のために自分にあった適切なシャンプーを選んでもらい、適切な方法で毎日シャンプーはしました。
それでも、発毛のために!と、リーブ21に指導いただいた通りに食生活を改善するなど、普段の生活の中でできることは、何でもやりました。飲酒量を半分にしたり、白米から玄米にしたり、ひじきや納豆や小魚などを積極的に食べたり。食生活においては母のサポートが何よりの力になりました。ですので、母には心から感謝しています。」
それから3~4カ月後のこと。頭皮の皮脂が少なくなったと発毛を実感し始め、おそるおそる鏡を見たところ、なんと黒い産毛が生えてきている!
そのときの喜びは、とても言葉には表せなかったそうです。
「
もっと頑張ってみよう……!」そのお気持ちが、リーブ21に通っていただく持続力につながったのでしょう。
「実は今だから言えるのですが、ムリをしないことが長続きの秘訣なのかもしれません。
リーブ21のスタッフの皆さんのアドバイスもよかったですね。
絶対に無理強いをしないんです。お酒でも、すぐにやめなさいとは言わない。
『少しずつ減らせばいいんですよ』そんな感じなんです。いつも温かな眼差しで成果を見守ってくれたおかげで、発毛の努力の結果は出たんですね。」
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コンテスト出場の話が持ち込まれたときには「なんで私が?」と感じたという広瀬さん
でも「少しは顔が知られている私が出ることで、同じ悩みを抱えている方々が励まされるなら、そして発毛にチャレンジしてくれるようになれば・・・」との思いから引き受けてくださったそうです。
毛髪クリニックリーブ21で発毛を実感されるまでは、頭髪が気になり、写真撮影の時でも身がまえていたという、広瀬さん。
今ではご自分から「写真を撮りましょう」と言えるようにもなり、
サイン会でも堂々とファンと対面できるようになったと、
うれしいご報告をくださいました。
抜け毛を感じ始めた頃から約10年がたち、すでに50歳(取材時)を過ぎた広瀬さん。
「残りの人生で何ができるのか。それに、どれだけの場所を訪ね、どれだけの人たちとお会いできるのか。可能な限り、全国を飛び回って多くの人たちと交流したい」とおっしゃっています。
リーブ21のスタッフも、そんな広瀬さんを、
ずっと応援してまいりたいと思います。

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